社史

1937(昭和12)年

株式会社坂口機械製作所発足

資本金30万円、従業員150人。大阪市西淀川区大和田町に工場を建設、製鉄用の鍛圧機械を中心に製造。翌年から各種クレーン、起重機船なども手がける。

日本通運から受注したタワークレーン

日本通運から受注したタワークレーン

1944(昭和19)年

「株式会社坂口機械製作所」から「兼松機工株式会社」に社名を変更

1946(昭和21)年

小型粉砕器を製造

第2次世界大戦直後、産業界は休業状態にあり、会社存続のために雑穀粉砕機、氷かき機、劇場(映画館)用の椅子も製造。

1947(昭和22)年

「兼松機工」から「大福機工株式会社」に社名を変更

当時大阪と福知山に工場があったことから、大福と名づけた。生産機種をスタッカーなどに変更し、荷役運搬機械の製造を開始。

1948(昭和23)年

「パイラー」「スラットベヤ」の製造開始

港湾荷役で採用されたパイラー

港湾荷役で採用されたパイラー