社会インフラを支えるダイフクの技術AI調剤監査システム「audit-i」で薬局の作業負担を軽減

ダイフクのグループ会社で、電子機器事業を営むコンテックの調剤監査システム「audit-i(オーディット・アイ)」は、調剤薬局における調剤過誤のリスクを画像判定などで低減し、薬剤師の精神的な負担を軽減するために開発した製品です。従来モデルをベースに、AI(人工知能)を導入することで、薬剤の画像データの読み取り精度向上と、60%の小型化を同時に実現。ここに至るまでの開発ストーリーを、コンテック新規事業開発Projectグループ プロジェクトコーディネーターの高平賢治、同社技術本部 応用開発グループの横山祐介、川瀬祥太に聞きました。
名前や包装が似た薬がある中で、調剤過誤のリスクを低減したい
調剤薬局では、医師の処方箋に基づいて、薬剤師が患者に薬剤を提供します。この時、薬剤師は薬剤を棚からピッキングし、一般的に目視で、間違った薬剤を選んでいないか監査をしています。
調剤監査システム「audit」シリーズは、薬剤の画像と重量から薬種と数量を識別し、処方データと照合して間違いがないかを確認することに加え、監査記録を自動保存するシステムです。操作方法は薬剤をトレイに並べてセットし、カメラで薬剤を撮影して判定し、レセプトデータを呼び出すだけ。薬剤が束になっていたり、輪ゴムでまとめてあったりしても、システムは問題なく種類と数を識別します。
開発の発端は10年以上前のこと。ダイフクから商品企画の提案を受けた新規事業開発Projectグループのプロジェクトコーディネーターである高平賢治は、調剤薬局への聞き取り調査を進めるうちに、目視中心で調剤監査を行う場合での調剤ミス発生率が0.25%程度だと知ります。一方、物流の現場では、IT機器を活用することで、ミス発生率を限りなくゼロに近づけていたことから、調剤薬局での作業は改善の余地が大きいと感じたと言います。

新規事業開発Projectグループ プロジェクトコーディネーター 高平賢治
「調剤薬局と物流は業種も規模も違いますが、業務フローを“ピッキング・検品・出荷”ととらえれば両者には共通項があります。ダイフクのノウハウを持ち込めば、調剤過誤のリスクを低減できると考えました。カメラで撮影した薬剤の画像とバーコードをマスターデータから照合する方法で実現しようと試みましたが、薬剤特有の包装のアルミ箔が反射したり、透明の袋を認識できなかったり、撮影は一筋縄ではいきませんでした」(高平)
そこで、装置内部に、薬剤の真上から照明の光が均一に当たる撮影用スペースを設けて、画像認識の精度を向上させることに着目。これにより、薬剤の画像と包装に印刷されたバーコードのいずれも認識可能になりました。「内蔵の計量器の情報と組み合わせて、薬剤の種類と数が同時に識別できるようになりました。薬剤の画像認識システムは他社にもありますが、複数の薬剤の種類と数を同時に識別できるのは『audit』シリーズだけです」(高平)
薬剤には名称や包装が似ているものがあり、さらに包装デザインの変更やジェネリック医薬品の追加などもあることから、薬剤師は薬剤の取り違えを防ぐために注意を払う必要があり、精神的な負担がかかっています。
業界団体では「1つの重大な事故の背景には、29の軽度の事故と、300の無傷の事故(ヒヤリハット)がある」というハインリヒの法則にならい、医療安全推進のためにヒヤリハットの事例収集や分析をしています。その中では、どんなに注意を払ってもヒューマンエラーは0にはならず、結果として「薬剤の取り違え」「処方漏れ」などの事例が多数報告されています。「audit」シリーズによって、調剤過誤のリスク低減と、薬剤師の精神的な負担軽減だけでなく、患者さんから「処方内容と違う」「数量が足りない」などの指摘を受けた場合も、監査記録があればエビデンスをもって説明できます。
また、厚生労働省は近年、薬局に対し、対物業務でなく対人業務の充実を図るよう促しています。処方内容の説明や提案、継続的な服用指導、服用状況の把握などは、すべて患者さんとのコミュニケーションから得られる情報のため、対人業務の充実を図ることに重きをおくよう指導しているのです。監査業務を効率化できれば、空いた時間を患者さんとのコミュニケーションに充てることができます。
AI画像認識で壁も、突破の鍵は通販サイトの検索システム
2012年に発売した従来モデルは、全国の調剤薬局に約2,000台が導入しました。薬局で取り扱う薬剤の種類が年々増える中で、小型化を望む声が多く寄せられるようになりましたが、開発当時の技術では撮影用の空間確保が必須のため、限界がありました。高平は小型化をなんとか実現したいと考え、やがてAIに可能性を見出します。


技術本部応用開発グループ係長の横山祐介
ちょうどその頃、技術本部応用開発グループ係長の横山祐介は、違った理由からAIの研究に取り組むことになりました。「社内でAI活用が議論に上り、まずは電子回路基板の欠陥や実装ミスをAIの画像認識技術で見分ける研究が始まりました。その延長線上で、2020年春頃に、高平から『AIによる薬剤の識別が可能かどうかを調べてほしい』という話がありました。世間でもオープンソースのAIが話題になり始め、9,000種類の画像を見分けられるAIがあるとの情報を得たので早速試しましたが、そのAIは人と犬くらい異なるものは判別できても、似通った包装の薬剤を見分けることはできませんでした」(横山)
方法を模索する中で、通販サイトの検索システムに目が留まったと言います。「通販サイトにはさまざまな商品写真がどんどん追加されますが、検索結果にきちんと反映されます。この技術が応用できるのではないかと考えたのです。結果的にこの発想の転換がブレークスルーとなりました」(横山)

技術本部応用開発グループの川瀬祥太
翌2021年の春、技術本部応用開発グループの川瀬祥太がプロジェクトに参画しました。
この段階ですでに、AIが何万種類もある薬剤の中から該当するものを識別する基盤技術は確立されていました。しかし、カメラで撮影した画像から薬剤を認識する技術には、まだ課題が残っていました。「画像処理をする時、照明の当たり具合によって薬剤を正しく認識できなかったり、撮影時に使用するトレイと薬剤の包装デザインの色が近い場合は同化して認識しにくかったりしました。そこで、AIで薬剤の外見的特徴を判定して背景と分離し、抽出できるようにしたところ、認識の精度が格段に上がり、照明や背景色に関係なく、対象物を捉えられるようになったのです」(川瀬)
当時はコロナ禍で対面での議論が難しく、アイデアが浮かぶとすぐに高平や横山にオンライン会議などで相談し、フィードバックをもらって再挑戦を繰り返したといいます。「コミュニケーションの大変さはありましたが、自宅だからこそ会社とは異なる多様な環境で画像認識のテストができたのは幸いでした。新しいことに挑戦できるのは技術者にとって嬉しいことです」(川瀬)

AIによる判定で薬剤と背景を分離できるようにしたことで課題は解決した
また、包装デザインの変更やジェネリック医薬品の追加、新薬の登場などがあるたびに、AIには新しい情報を学習させる必要があります。画像処理機能をそのまま一般的なAIに置き換えた場合の追加学習に必要な時間を検証したところ、1件につき8~12時間もかかりました。「現場ではそんなに待っていられません。そこで AI処理は得意分野である「形状」や「包装デザイン」といった外見的特徴を捉えることに限定し、学習時は抽出した特徴と薬剤名だけを登録する方式にしたことで、高速化を実現しました。薬剤判別に要する時間は1秒以下、追加学習では3秒以下です。この方式は特許を取得しています」(高平)
従来モデルは、撮影した薬剤の画像とマスター画像のパターンマッチングで識別する仕組みでした。そのため、薬剤とマスター画像を同じ機体で撮影し、撮影の環境も同一にする必要がありました。しかし、AIの特徴抽出を活用すれば、撮影の環境が同じである必要はなくなりました。さらに記録した学習データをオンラインで共有することも可能になりました。
AI導入により大きく進化した「audit-i」。薬剤の撮影条件が緩和されたことで、本体サイズは60%の小型化が実現できました。
もう一つの大きな変更点がインターネットに接続し、クラウドサービスを提供している点です。現状は調剤1件ごとの監査記録に留まりますが、複数店舗を経営する企業ほどクラウドに集約した監査記録に大きな意味があり、店舗運営や出店計画、人材教育などに役立てることができます。「ほかにもヒヤリハットが起こりやすい薬剤の傾向や、薬局の立地条件と売れ筋商品の関係性などが分析できれば、製薬メーカーにも有益です。今後は収集したビッグデータの活用も考えていきます。多くの店舗でご利用いただくことで、薬剤師さんには働きやすい環境を、患者さんには利便性の高い仕組みを提供していきたいと思います」(高平)
