Logistics Viewインド経済のポテンシャルと課題を読む(佐藤隆広氏)

約14.6億人の人口を抱え、世界最高水準の経済成長率を誇るインド。日本をはじめとする外資系企業の進出は増加傾向にあり、ダイフクもインドを重点市場に位置付けています。人口ボーナスで市場が拡大し、さらなる経済成長が見込まれるインドは、一方でさまざまな課題を抱え、本来のポテンシャルを十分発揮できていない側面を持ちます。インド経済の実情、そして今後の見通しについて、長年インド経済を研究している神戸大学の佐藤隆広教授にお話を伺いました。

インタビュー
神戸大学経済経営研究所
教授・博士(経済学)
佐藤 隆広 様
Takahiro Sato

まずはインドの経済成長について教えていただけますか。

コロナ禍以降、インドは約6.5%のGDP成長率を維持しています。これは主要国の中で最高水準の成長率です。インド経済に対する世界の期待は大変高く、日本を抜いて世界第4位の経済大国になるとの見通しがあります。個人的には、2026年にはドイツを抜いて世界第3位の経済大国になるのではと考えます。そして、インドの経済成長率には8〜9%のポテンシャルがあり、実際にはもっと成長してもよいはずだとも思います。

インドが本来の実力を発揮できていない要因は、過去の3つの政策です。1つ目は、2016年の高額紙幣の廃止です。インドでは現金決済の商習慣が根強く、この政策は経済に混乱をもたらしました。2つ目は、2020年のコロナ禍における厳格なロックダウンです。十分な準備が整う前に世界でもっとも厳しい都市封鎖を行い、経済に深刻な影響を及ぼしました。3つ目は、労働集約的な産業に対する行き過ぎた保護政策です。インドは繊維産業や縫製産業といった競争力の低い産業を保護し、対外的に高関税をかけました。この施策によってバングラディシュやベトナム、中国との競争力をそがれ、本来見込めた成長の減速につながりました。

インドには人口ボーナスがあると聞きます。人口ボーナスによる経済成長について教えてください。

人口ボーナスとは、生産年齢(15歳〜64歳)人口の比率が、従属人口(14歳以下ならびに65歳以上)に対して高い状態を指します。層が厚い労働力が、働かない世代を養っても余りあることに加え、働く世代の潤沢な購買力で消費が拡大し、経済成長が加速するといわれています。

日本や韓国など東アジアの国々は特殊出生率が2を下回り、人口減少が深刻化する一方で、インドの人口増加は今後も続きます。2023年、インドは中国を抜いて、世界一の人口を抱える国になりました。さらに2025年時点のインドの人口は、約14億5000万〜14億6000万人と推定され、2060年には約17億人に達すると予想されます。 人口増加は巨大市場をもたらすだけでなく、毎年1,000万人〜1,500万人の潤沢な労働力供給も期待できます。インドは市場の拡大と労働力の供給面で極めて高い潜在力を秘めています。

インド経済が実力を発揮できない背景と課題

ポテンシャルがありながら、十分に発揮できていないのはなぜですか。

2014年にスタートしたモディ政権が進める政策が「メイク・イン・インディア」です。これは製造業の振興を目的とした国家政策であり、世界中から投資を呼び込んでの国内製造業の強化が目的です。GDPに占める製造業の割合を増やし、雇用創出を目指す施策としてスタートしました。しかし、スマートフォンなどの一部産業には成果がありますが、製造業全体の国際競争力の強化や、貿易赤字の削減といった主要目標の達成は依然として道半ばです。その理由は、前述した過去の3つの政策、とくに競争力のない国内産業を保護する政策が約10年にわたって続いたことに起因します。

また、若年層の失業率は高止まりしています。せっかく人口ボーナスの状況にあっても、若年層の失業と雇用問題を解決しなければ、インド社会の安定にはつながりません。雇用問題は社会不安につながる大きなリスクをはらんでいます。

雇用問題の要因には何があるのでしょうか。

教育レベルに応じた就労環境の不足と、教育格差にあると思います。一部地域において深刻な教育格差があり、それは必然的に労働者にも影響しています。インドの教育水準は高まっていますが、習得した教育レベルに見合う雇用が提供されていないのが課題です。

経済活動を支えるインフラ整備の現状と課題

インフラに課題があると聞きます。現状やボトルネックについて教えてください。

インド全体で、道路交通網と電力インフラは大きな課題です。インドには、雨季(6月頃〜10月頃)と乾季(10月頃〜3月頃)があります。とくに、雨季には道路は降り続ける雨の影響を受けるため、思うように整備が進まない現状があります。

インドの中央政府は、国内を東西南北、外周を結ぶ「ナショナル・ハイウェイ」(国道の高速道路網)の整備を推進し、総延長は着実に伸びています。一方、州政府が管理する州道は、財源不足やメンテナンス不備といった問題を抱えています。雨季の長雨によって排水が十分に機能せず、路面の流出や小さな穴が拡大し、大きな陥没が発生することもあります。 問題解決のため、フライオーバーと呼ばれる高速道路や立体交差の建設を進めてはいますが、工事は深刻な渋滞を引き起こしています。過去20年間と比べれば整備が進んではいるものの、完備には至っていません。

インドにおいて積極的に評価できるインフラは、整備が進む鉄道ネットワークです。日印両政府では、インドの首都デリーから、最大の経済都市ムンバイまで約1,500kmに及ぶ貨物専用鉄道建設プロジェクトを進めています。さらに日本の政府開発援助として、ムンバイとアーメダバード間でインド初の高速鉄道プロジェクトが進行中です。

エネルギーインフラの状況はいかがですか。

電力面では、以前に比べれば改善していますが、まだ日常的に停電します。工業都市でも1週間に一度、地域ごとの輪番制で計画停電があります。企業によってはエネルギーインフラを考慮した設備の導入を検討し進出しています。 一方、インドには工業用水の利用においても、さまざまな許認可や厳しいレギュレーションが存在します。工場敷地内で採水した地下水は、利用後に外部へ放出できないため、工場内で循環させる必要があります。そのため、水の浄化プラントの設置によって投資コストはかさみます。CSRの観点からも水の循環は不可欠な要素です。また、インドの企業にとって、利益の2%をCSR活動に投下することが、社会的な責任の一環であり、企業の1つの責務になっています。

サイエンス都市として成長する南部ハイデラバード

さまざまな課題がある中、ハイデラバードは躍進しています。

インド国内において躍進しているのが、南インド第二の都市であるハイデラバードです。ハイデラバードは、インド中南部のテランガナ州の州都であり、インドのシリコンバレーと呼ばれるバンガロールに匹敵する都市です。

ハイデラバードには多数のBPOやR&Dの拠点が集積しており、米国のGAFAMも展開しています。「製薬・バイオ」と「IT」の2軸で成長を続けるサイエンス都市の背景には、中央政府の支援とテランガナ州のインセンティブがあります。 ハイデラバードで加速しているのがGCC(Global Capability Center)の設置です。GCCとは単なる海外企業の下請け拠点とは異なり、R&D、技術開発、インキュベーターやスタートアップの支援、バックオフィス業務など、より高度で付加価値を生み出すための戦略的な拠点です。例えば、米国の大手投資銀行などでは、1万人規模の拠点を設立し、本国で行っていた基幹業務を行っています。ハイデラバードは経済成長面から大変魅力的な都市です。

  • BPO:Business Process Outsourcing=業務プロセスの一部を一括して専門業者に外部委託すること

最後に、日本企業がインド進出を検討する際の留意点を教えてください。

日本企業がインドの土地を調達するハードルは高いため、JETRO(日本貿易振興機構)が各州の政府とタイアップした工業団地に工場を設立するのが現実的です。新たに海外法人を立ち上げるグリーンフィールド投資においては、インフラが整備されている工業団地への進出が選択肢だと思います。 スピード感を要するビジネスでは、ダイフクのように現地法人のM&Aを行うブラウンフィールドのケースが適しています。すでに現地にあるアセットを活用でき、ゼロから始めるよりスピーディーな現地法人の立ち上げが可能です。

人口ボーナスにあるインドでは、今後、自動化システムの普及が本格化していくと見込まれます。現時点では導入は限定的ではあるものの、自動化によって生産の安定性や効率性が向上するなどの利点があります。特に、半導体や自動車産業などの特定分野や、競争力の強化を目指す企業においては、ダイフクが提供しているマテリアルハンドリングのような技術は必要とされる場面も増えていくと考えられます。

また、商品のピッキングや梱包といった工程においては、人手での作業が依然として重要な役割を担っています。機械と人の適切な組み合わせによって、インド市場に適したマテリアルハンドリングシステムが、インドの発展に寄与していくと思います。

ハイデラバードにて稼働するダイフクの工場

ダイフクは、ハイデラバードに一般製造業・流通業向けシステムを手がけるイントラロジスティクス事業の新工場を建設し、2025年4月から本格稼働を開始しています。当工場では、自動倉庫用クレーンやコンベヤなど、自動化ニーズを満たす製品の製造を担います。さらに「地産地消」を推進し、部材の現地調達比率を上げて、生産コスト低減につなげます。太陽光発電システムやバイオ排水処理プラントの導入によってCSRにも貢献していきます。

佐藤 隆広

1970年生まれ。同志社大学大学院商学研究科博士課程前期修了、同博士課程後期単位取得退学。大阪市立大学で博士(経済学)の学位を取得。2004年カリフォルニア大学バークレー校南アジア研究センター客員研究員。2011年、ジャワハルラール・ネルー大学・ジャワハルラールネルー高等研究所フェロー。2012年、神戸大学経済経営研究所教授。2011年、ジャワハルラール・ネルー大学東アジア研究センター訪問研究員。神戸大学教授、経済経営研究所副所長。2021年に『図解インド経済大全』(白桃書房)、2023年に『経済大国インドの機会と挑戦』(白桃書房)、2025年に『新新貿易理論とインド経済』(ミネルヴァ書房)を発刊。研究テーマは開発経済学とインド経済論。

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