Logistics View「流量」と「密度」が渋滞解決の鍵 物流課題を渋滞学でひも解く

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行楽地に向かう道路や朝夕の通勤ラッシュなど、あらゆる場所で起きる渋滞。この誰もが経験する現象を「渋滞学」と名付け、物理学的な視点から研究しているのが東京大学の西成活裕教授です。渋滞を定義し科学的に扱えるようにしたことで、交通にとどまらず、物流や生産現場などにおいても課題解決のヒントになり得ます。ポイントは「流量」と「密度」のバランス。渋滞解消のメカニズムについてお話を伺いました。

インタビュー
東京大学 先端科学技術研究センター 教授
西成 活裕 様
Katsuhiro Nishinari

なぜ「渋滞」に着目されたのでしょうか。きっかけを教えていただけますか。

日常的に「今日は渋滞した」などと言いますが、何をもってどんな状態を渋滞というのか、基準や境界はなく、誰もが感覚的に渋滞という表現を使っているのではないでしょうか。

学生時代に流体力学を学んだ私は、「車の流れが水の流れに似ている」ということが書かれた随筆を目にして、ふとひらめきました。流体力学で水や空気を流れとしてとらえるのと同じように、交通を社会の流れとしてとらえ、科学的に扱うことができれば、渋滞を解決できるのではないかと。それが研究の出発点になりました。30年前のことです。

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図1 渋滞の定義

渋滞を定義する上で必要となるのは、どのようなことでしょうか。

重要なことは、「流量」と「密度」という2つの概念です。交通の場合、流量とはある場所をどれだけの車が通過するかということ。一方、密度は、単位区間にどれだけの車がいるかで、こちらは車が動いているかどうかは関係ありません。この2つの異なる概念の関係性を解き明かすために、流量(交通量)を縦軸に、密度を横軸にしたグラフを描きました(図1)。初めは密度が増えるに従って流量も増えるので右肩上がりです。しかしあるところで流量はピークになり、そのあとは一転して右肩下がりに転じます。このピークが渋滞の始まりです。ピークの前は渋滞していない状態、そのあとは渋滞した状態であるということが分かりました。

これまで渋滞は数値化することはできず、感覚的にとらえる人が多かったのですが、データで表せるようになりました。車の場合は密度が1km当たり25台。時速に換算すると70km、車間距離に換算するとおおよそ40mです。高速道路を走行中に40mの車間距離を維持することが難しくなったら渋滞しているということになります。

流量と密度の関係性という渋滞の定義は交通に限らず流れのあるものすべてに適用できます。流量は必ず上がってから下がりますから、現状をグラフに照らし合わせれば、論理的に対策を講ずることができます。

例えば人の場合は1m2当たりの人口密度が1.8人という数値が渋滞の境界点です。1.8人を超えると渋滞になりますから、テーマパークや駅など人が集まる場所では、それを超えないように対策を立てると、サービス満足度の向上を図ることができます。

鉄則は「急がば回れ」 移動の際は心にゆとりを

交通渋滞に関して実験をされていらっしゃいます。他にどのようなことが分かっていますか。

定義の説明でも触れましたが、高速道路では車間距離を詰めて走るよりも、適切な車間距離(40m)を保つほうが全体としては速く走れることが実験で明らかになっています。車間距離を詰めれば密度が高まりますから、流量とのバランスが崩れ、そこから渋滞に発展します。

また、渋滞時に左側の走行車線を走る場合と、右側の追い越し車線を積極的に走る場合とを比較した実験では、左車線を走り続けた車のほうが早くゴールできることも分かりました。左車線は合流や出口があって減速の機会が多く、時間がかかるイメージがありますが、道路全体が混雑してくると、速く走ろうと右側に車線変更をする車が増えます。その結果、右車線の密度が高まって渋滞が起こりやすくなり、左車線は意外にスムーズに流れるのです。

高速道路の料金所も同様です。料金所は2車線や3車線の道路に対して、多数のゲートが用意されています(図2)。多くの車は走行距離が短い中央付近のゲートに向かいますから、そこには待ち行列が発生します。そのときに、中央から距離のある両サイドのゲートは比較的すいていたりします。

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図2 料金所は「急がば回れ」

「こちらのほうが早い」と思って選択しても、それが間違っていることがあるのですね。

鉄則は「急がば回れ」ですが、人間はなかなかそういう選択をしません。通勤ラッシュや事故で電車が遅延しているときに「次の電車もご利用ください」とアナウンスが流れても、目の前の電車に乗ろうとする人が多い。個人として考えれば、そのほうが早く目的地に着けるので、無理してでも乗ろうとするのでしょう。しかし、このような乗車行動は電車のさらなる遅延を招き、全体の渋滞を悪化させますから、電車の間隔が詰まっているときは次を待つほうがよいのです。個人としても後続電車のほうがすいていることが多いので、移動が快適かもしれません。目の前の満員電車は見送るくらいのゆとりを心に持っていたいものです。

交通以外でもさまざまな渋滞を研究していらっしゃいます。

アリの渋滞に関する研究成果は注目されました。アリは隊列で移動しますが、渋滞しないことを発見しました。アリはお尻から分泌されるフェロモンを地面に点々と塗りつけて歩き、後続のアリはそのフェロモンを頼りに追従します。速度が一定ならフェロモン濃度は一定ですが、車間距離ならぬ“アリ間距離”が詰まると、フェロモンの付着量が増えて通常よりも高濃度になります。それを検知したアリは速度を調整して適切なアリ間距離を保つと考えられます。これはアリが進化の過程で獲得した渋滞回避の能力だと思います。

素晴らしいですね。私たちは依然として渋滞に悩まされています。

渋滞のデメリットは時間損失に加えて、事故のリスクが高まる点も問題です。2001年の明石花火大会歩道橋事故は、歩行者の密度が異常に高まったために起きたものでした。また、数万人が集まるメッカの巡礼でもたびたび事故が起こり、大勢の方が亡くなっています。韓国のイテウオンでも、2022年に158人の方が犠牲になった雑踏事故が起きてしまいました。これも狭い通路に容量を超えて双方向から人が流れ込んだのが原因です。もしも流れが適切にコントロールできていれば防げたかも知れません。

渋滞はデメリットばかりに思えますが、分野によってはメリットもあるのでしょうか。

一部にはあります。例えば、「経済」はお金の流れですから、貧乏とはお金が渋滞せずに流れている状態だと言い換えることができます。私は渋滞が嫌いで渋滞学を始めましたが、お金に関しては渋滞歓迎です(笑)。

適切な情報共有で全体最適を目指す

物流や生産の現場でも、渋滞が起きています。

物流拠点では荷物の入荷、開梱、整理、保管、ピッキング、加工、検品、梱包、出荷など、さまざまな作業を行っていると思います。それぞれの作業部門には蓄積されたノウハウや知恵があり、より効率よく動こうと努力を重ねています。しかし、部門ごとの取り組みには限界があり、どこかの部門が作業速度を向上させても、必ずしも効率化できるとは限りません。後工程が従来の速度ならば、前工程から後工程への境界で渋滞が発生し、バッファを抱えることになります。

渋滞の解消には部分最適ではなく、全体最適の視点が重要です。方法としては、まずは個々の作業時間を計測します。そうすると特に作業が速い部門が見つかりますから、そこの処理速度を遅い部門に合わせることで全体の速度をそろえるようにします。作業速度を上げる努力は確かに大切ですが、そのあとの作業が遅ければ最終的な出荷数は変わらず、事業全体の効率向上にはつながりません。作業が速い部門が速度を落とせば、中間在庫が減ることもあります。大切なのは速度を上げることではなく、事業全体を最適化することです。

このほかにも流量と密度に着目して課題を解決できた事例があれば教えてください。

空港の事例をご紹介しましょう。航空機が到着すると空港内は一気に人が増えて、入国審査ゲートの処理能力を上回ると渋滞が発生します。しかし、航空会社は事前に搭乗者数や外国人数、荷物の個数などのデータを把握していますから、空港側があらかじめその情報を得ていれば受け入れ体制を整えることができます。これまでこうしたデータは航空会社が管理していたのですが、成田空港では情報共有を進め、それをもとに入国審査に携わるスタッフのシフトを管理するようにしました。入国者数が多い日は人員を厚くすれば、ゲートの混雑を緩和できます。渋滞学で言えば、同じ密度=混雑ぶりでも、スタッフを増やして流量=ゲートを通過する人数を増やせば、渋滞にならずに済むということ。その反対に入国者数が少ない日にはスタッフを減らせますから、従業員の働き方改革にもつながります。

このように情報を統合的に管理し、先読みに生かすことで、もっとさまざまな渋滞を緩和することができます。誰もが不確実性の中で仕事をしているから大変なのであって、予測ができれば負荷を低減できます。空港だけでなく、ほかの業種でも同様です。

例えば物流では、どのような情報を共有すれば、渋滞解消につながるでしょうか。

物流の中でもサプライチェーンは情報共有の効果が高いでしょうね。小売店向けの物流ではチラシに掲載する特売品への対応が大変だと聞きます。小売事業者にとって特売は重要な戦略であり、いつ何を特価で売るかは企業秘密です。しかし、人手不足という深刻な課題を抱える物流業界としては、少しでも早く情報を得て、ドライバーの確保など対応のための態勢を整えたいと考えています。例えば物流事業者が小売事業者と機密保持契約を結び、半年先まで特売情報をもらえれば、先手を打つことも可能です。

今後、情報の連携は進むでしょうか。

かつては作れば作った分だけ売れたので、在庫を心配する必要はありませんでしたが、いまは多品種少量生産の時代です。企業の枠を超えた効率化や全体最適を考えなければなりません。

「ブルウィップ効果」という言葉があります。ブルは牛、ウィップは鞭(むち)です。鞭を振ると、手元は波が小さくても、先端に行くほど大きくしなりますよね。それと同じように、小売店がちょっと多めの在庫を持とうとすると、中間流通はより多くの在庫を持たなければならず、メーカーはさらに多くを生産・在庫しなければなりません。小売からメーカーまで情報連携を図れば、トータルで無駄な在庫を減らせると期待されます。

最後に渋滞回避のコツを教えてください。

渋滞は境界で起こりやすいことが分かっています。例えば工場なら2階から3階へと運ぶエレベーターのような部分が境界となり、ここで流量バランスが崩れると一気に渋滞が起こります。工場内の物流を考える場合には渋滞の発生しやすい点を意識し、境界に“のりしろ”を設けておきましょう。時には「いまは3階へ運ばないほうがいい」という判断もあると思いますが、“のりしろ”はバッファとして機能します。このように全体最適の視点で考えるのが渋滞回避のコツです。流量と密度の関係性という渋滞の定義は流れのあるものすべてに当てはまりますから、渋滞が起こらない流量と密度のバランスを目指してください。

西成 活裕

1967年生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、博士(工学)の学位を取得。東京大学先端科学技術研究センター教授。専門は数理物理学。2007年、『渋滞学』(新潮選書)で講談社科学出版賞と日経BP・BizTech図書賞を受賞。2013年、文部科学省「科学技術への顕著な貢献 2013」に選出。2021年にスマホ歩きの混雑に関する研究でイグ・ノーベル賞受賞。

  • 当記事は「DAIFUKU NEWS No.226」(2020年1月発行)掲載の「Logistics View 「流量」と「密度」が渋滞解決の鍵 物流課題を渋滞学でひも解く」をもとに再構成したものです。

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